こんなに1人のことを思ったことはない。
こんなに1人のことを愛したことはない。
なのに…なのにどうして俺は、何もしてやれないんだろう。


「あんた…何なのさ!?」
「何って、おめぇ…」
「あんたは…いつも俺のこと、好きだの、愛してるだの言う…。けど、それってどういうことなのさ?
 俺には…わからない…」

きっかけはいつもの痴話げんか。
それがどいうしたわけだか、こんな言葉のかけあいになっていた。

俺は、凌統が好きだ。
大切にしたいって思う。
でも、それをどういうことって聞かれて、戸惑った。
『どういうこと』って、どう説明するんだ?
てか、なんでそんなことをいちいち言わなきゃならねぇんだ?

こいつの言う気持ちも、わからないでもない。
ついこないだまで、俺はあいつの親の仇で、命を狙われていた身だ。
それがどうして、好きだの、愛してるだの気持ちに発展するのか…
それによって、どうして自分の気持ちが揺さぶられるのか…
あいつの中で出そうな答えが、過去の記憶によって押し殺され、混乱を招いている。

んなこと…わかってるんだよ。

だけど、俺も感情が高ぶっていて、いちいち考えるのもめんどくさかった。
こいつみたいに何でも理由付けて、結論を出すのは、俺にとっては苦痛だ。

「…はぁ…」

思わずため息が漏れた。
弾かれるように、凌統の顔色が変わった。

「…もぉ、いい…」

そういい残して、凌統は背を向けて走り出した。

泣いていた。
ちらっとしか、見えなかったが、涙が溢れていた。
『もぉいい』という言葉と、その顔がいつまでも俺の中でわだかまっていた。



                   ***



あれから一週間。
凌統と顔をあわせることが何度かあった。
でも、お互い報告やらなんやらで、きちんと話すことがなく。
あいさつすらできない状態だった。
あいつはあいつで、俺を避けているようにも見えた。

少しでも声をかければ、違っただろうか…。
どうすればいいのか、さっぱりわからねぇ。
こんなとき、自分の頭の悪さを疎ましく思う。
呂蒙のおっさんや、陸遜なら、もっとうまくあいつのこと思えたかもしんねぇ。

「へっ…もぉ一度、やり直してぇくらいだな…」
「何が、やり直したいんですか?」

いきなり声をかけられて、驚いて振り向くと後ろには狙い済ましたかのように陸遜が立っていた。

「凌統殿も、元気なかったようですが…あなたまで元気がないと気色悪いですね」
「俺が落ち込んでちゃ…悪ぃかよ…」
「そうですね、あなたはバカで元気なのが取柄ですから」

笑顔で言われて反論もできねぇ…。

「で、何をやり直したいんですか?」
「全部だよ…」
「はい?」
「全部…生まれてすぐまでに、な。
そうすりゃ、黄祖んとこなんかに行かずに、まっすぐ呉に来て、あいつともっとマシな関係になれたし…
頭も良くなりゃ、あいつのこともっと理解できるだろ?」

陸遜はあっけに取られたように聞いていたが、再び笑顔に戻った。

「ホントに…甘寧殿はバカですよね」
「あぁ!?」
「バカです。大馬鹿です。凌統殿は、今の貴方でなきゃ、あんなになってませんよ」
「……」
「仮に、あなたがやり直したところで、凌操様を殺さなかったあなたを、彼は意識したでしょうか?
 頭の良いあなたを、馬鹿にしたり、楽しそうにケンカしたりできたでしょうか?」

そこまで言われてはっとなる。
あぁ…そうか…そうなんだ。

「その顔からすると、おわかりになったようですね。
 敵は斬る、仲間は守る。喧嘩ってのは、単純なものではないんですか?」
「おまっ!…どこでそれを…」
「情報網はばっちりですよ。あなたは、斬った相手に後悔しない、わだかまりを持たないのがイイとこなんですから」

「これ以上、呂蒙殿に心配を掛けさせないでくださいね」と念を押して陸遜は立ち去った。
最後の笑顔…ちょっと恐かったな…。



                   ***



寝屋で1人、寝転がって考える。
周りがやけに静かだ。
さっきの陸遜との会話を思い出す。
1人…隣に凌統がいない毎日…んこと、考えらんねぇ。
今の俺だから、凌統がいる…。

「だぁぁぁあ!!んな複雑なこと、考えられっかよ!!」

頭が沸騰して、知恵熱が出そうだ。
『どういうこと』ってどういうことだよ!?
俺の頭で考えられると、思ってんのかよ!

頭の中に広がっていた霧が、晴れていく気がした。
これが、俺ってもんだ。
凌統だって、本当はわかってるはずだ。
ただ…俺に当たってきただけだ。
どうしようもない、やりきれない思いを、俺に当ててきただけだ。

「よっし!もぉぉお!たえらんねぇ!」

あいつが隣にいないなんて、俺にはごめんだ。
『どういうこと』なんて、んなの知らねぇ。
ただ、ただ伝えたい。

誰よりも深く、強く愛していると。



凌統は自分の寝屋にいた。
入っていいかと聞くと、案外あっさりと「いい」と言ってくれた。

「凌統、俺は…」
「…ごめん」
「は?」

いきなり謝られた。
凌統は、床に座って俯いたままだ。

「ごめん、俺…あんたに当たってただけなんだ。自分の気持ちが整理できなくて…ごめん」

泣いている、ように見えた。
こいつも、こいつで考えていたんだと思うと、嬉しかった。

「凌統、俺は頭悪いからさ、複雑なこと考えらんねぇんだ。
 けど、さ…おめぇのことすっげぇ大切だし、守りたいと思ってる」
「うん…」
「おめぇがどぉ思っててもいいよ。ただ、俺はおめぇが隣にいないことが、考えられなかった。」
「あ……」
「俺は、俺が後悔したくねぇから…おめぇのこと、守ることに決めた」

拒まれていい、突き放してくれてもいい。
凌統を強く抱きしめた。

このご時世、いつ誰が、どこで死んだっておかしくねぇ。
この気持ちにはいつか終わりが来る。
そんなことわかってる。
たとえ、終わりが来ても…後悔だけはしないように、守りたい。
この腕で、しっかりとこいつのことを守りたい。

凌統からの拒絶はなかった。
てっきり、突き飛ばされると思ってた。
そうしている内に、俺の背中にも腕が回される。
驚いて凌統を見ると、まだ俯いていた。

「俺も…俺も、同じこと考えてた」
「え…?」
「あんたが、隣にいないなんて…考えられなかったんだ」
「…凌統?」
「一週間、ふっと気づいたらあんたがいなくてさ…急に寂しくなるんだ。
 あんたのこと、すっげぇ憎いよ…殺したいって気持ちは、今もかわらないんだ」
「あぁ」
「だけど、あんたがいないことも、考えられないんだ…矛盾してるだろ?これってさ」

吐き出される言葉を、俺は頷きながら聞くことしかできなかった。
聞かなきゃいけなかった。
凌統が出した答えを、俺は受け止めなきゃなんねぇ。

今の凌統はすごく脆い氷のようだ。
熱く抱けば、溶けてしまうけど、抱かなくても1人で溶けてしまうような…脆さ。
抱くことで溶けてしまうけど、溶け出したものを、俺は受け止めることができる。
だから、抱き続けた。
1人で勝手に溶けてしまっては、何もできないから。

「俺のことは…お前が殺せばいい」
「え…」

俺の言葉に、凌統は少し驚いたみたいで、やっと顔を上げた。
その瞬間、溜まっていた涙が、頬を伝った。

「殺したいって気持ちはそのままにしてくれていい。
俺が隣にいなくても平気だって、おめぇが思うようになったら、俺を殺せばいい」
「かん、ね…」
「おめぇも、後悔しないように…すればいい」
「うん……ごめん」


今願わくば、この氷を抱く腕が熱を帯び、溶かしきることのないように。
溶け出した雫が涙とならないように。
今を凍らせて。
互いが別れてしまうことのないように。


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わかる人はわかる。
SIAM SHADE(懐かしい)の『グレイシャルLOVE』がテーマです。
この曲はホントに甘凌ソングだと思う!!
今回は甘寧サイドで書いたけど、凌統サイドでも全然いける。
むしろサビとかは凌統っぽくて、こっちでも書いてみたい。
めずらしく長々としたものになりました。
てか、甘寧語りにすると、やっぱり甘寧が頭よくなってしまう…(笑)